橋のデザインからコンポストまで。設計事務所が「発酵するカフェ」や「コンポスト」で目指す、対話のあるまちづくり

 
 

2023年3月に発売を開始したばかりの、路面店向け移動型のコンポスト「hacorin」。“旅するコンポストテーブル”のキャッチコピーどおり、店先に置きたくなるスタイリッシュなテーブル型デザインと車輪が特徴です。開発は公共空間デザインを手がける東京・本郷にある設計事務所EAU。hacorinの生みの親でもあるEAUのデザイナー・中尾直暉さんと、EAU代表の崎谷浩一郎さんに、hacorinのこと、設計事務所がコンポストをつくった理由を伺いました。

動く建築の研究と幼少期のコンポスト体験から生まれたhacorin

ー発売を開始したばかりのhacorinについて、まずお話を伺えますか?

中尾さん:hacorinは、本郷にある「発酵するカフェ麹中」の看板コンポストとして昨年誕生しました。

「麹中」では私が昨年入社する前から生ごみの堆肥化を行っていましたが、せっかくの取り組みが通行人やお客さんに伝わっていませんでした。そこで、発酵を魅せることを意識した、新しいコンポストの形を考えようと思い立ちました。

僕は子供の時からコンポストに接してきました。「菌ちゃん先生」として知られる吉田俊道さんに影響を受けた母が、生ごみリサイクルの普及活動を行っていたからです。実家の生ごみを裏庭のコンポストにまぜて、ふわふわ生えてくる白カビをよく観察していました。

大学で建築を学び、大学院では吉村靖孝研究室で、コンテナハウスなどの動く建築について研究しました。建築は動くことで、敷地に縛られない柔軟な生活を可能にし、都市を豊かにできることを学びました。

このような個人的な背景が、麹中のコンポストを考えている時にいろいろと繋がり、「菌が住まうモバイルハウスを作ろう!」と発想してhacorin が生まれました。

幼少期に庭でコンポスト活動を行う中尾さん

ーhacorinは、一見コンポストには見えないスタイリッシュなデザインですが、このようなプロダクトになったのは?


中尾さん:まず、菌の存在を、より身近に感じられるように形を工夫をしました。僕が幼少期に感じたような菌への感動を、多くの人に感じてもらいたかったからです。たとえば、テーブルの高さまで土を持ち上げて、蓋を透明にしています。そうすることで、かがまずとも土の様子を観察できるし、気軽に土を触ることもできるんです。道行く人も、実際にパカっと蓋を開けて見ていく人もいます。畑に比べて50センチほど人に近いだけで、土への親近感は大きく変わります。

また、蓋が透明だから、ホワイトペンで書くこともできるんですよ。生ごみを入れた日と、入れた食材の名前、堆肥化した回数などをひらがなで書いていると、小学生がよく立ち止まって読んでいます。文字による通行人との間接的なコミュニケーションを楽しんでいます。

側面には通気口として溝があり、その隙間に長押用のフックを取り付ければ、植木鉢やスコップをぶら下げることもできます。自分だけのコンポストにカスタマイズしてもらうことで、より愛着を持ってもらえます。輸送時には箱部分に台車部分を収納できるように設計しています。これは、麹中の旅する屋台「02963(おふくろさん)」のつくりを参考にしました。

道ゆく子どもたちがhacorinを覗き込む様子(©BankART1929 撮影:中川達彦)

hacorin_屋台

中尾さんの入社のきっかけのひとつにもなったEAUの最初の動く建築「旅する屋台」。「コロナの時に人が動けなくなったので、お店が動いた方がいいなと思って僕がデザインしました」と崎谷さん。hacorinは旅するシリーズの第2号だ。


設計事務所と発酵するカフェ、コンポストに連なる考え


ーEAUは設計事務所ですよね。設計事務所が、なぜ発酵するカフェやコンポストを開発することになったのか、興味があります。

崎谷さん:EAUは公共空間デザインを専門とする設計事務所として27歳の時に立ち上げました。もともと僕は大学で土木の分野に進みました。建物を建てるのが建築で、それ以外のところが土木と言われる分野。人が安心して暮らせる基盤づくりですね。大学院では景観や風景、土木が関わるデザインを専門にする研究室に進み、建物以外すべてを対象として、橋、道路、水辺、広場、公園、オープンスペース、至るところにいい風景をつくることを目標に活動しています。

土木は英語では「シビルエンジニアリング」(市民のための技術)と言います。土木は時代ごとにいろいろな役割を果たしてきましたが、使う人の意識の中で「大きな土木」と「小さな土木」があるのではないかと考えています。「大きな土木」は誰か(行政)がやってくれる、技術的な話は専門家任せ、あって当たり前という「無意識の中に潜んでしまう土木」です。それに対して「小さな土木」は自分たちの生活にとって身近に感じられて「意識される土木」です。持続的な社会のためには身の回りの環境に意識的であることが必要ですが、現代の社会では「大きな土木」と「小さな土木」の間に分断があって、身の回りの環境への意識が低いと感じることがあります。

僕たちは土木のエンジニアリングや仕組みと、シビル、つまり市民・個人との間に起こった分断を繋いでいくのが「デザイン」であると考え、デザインでその分断を和解に導くことを目指しています。そのためには、混じり合い、変わり続けることが大事です。目に見えるアウトプットとしての姿形はもちろん大事ですが、そのプロセス、そこへと至る背景、そこにある人や土地との関係性など目には見えないものを結びつける活動をしたいと思っているんですね。

土木はほとんどが税金でつくられるものですから、全国共通のレギュレーションやルールもあります。一方で、地域ごとに積み重ねられたもの、歴史、風土がその場、その場に存在しているので、それらを大切に地域ごとのローカルスタンダードをつくり続けることが大事だろうと。目に見えるもののデザインはもちろん、目に見えないもののデザインも意識しながら設計しています。

都市では、ごみはごみ箱に入れてごみの日に出したら終わり、そのあとは意識の外に外部化され、目に入らない仕組みができあがっていますよね。それをずっと続けた先に、果たして本当に居心地のよい社会はあるのでしょうか?僕は見たくたいものを見えないようにし続けた先に本当の豊かな社会はないだろうと考えています。コンポストで、生ごみが分解されて土に戻るというのは、普通に感動することだと思うんです。その感覚は子どものころにはみんな持っていたと思うんですよね。レイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」の世界ですね。人の意識されるべき土木こそ、本来人間に備わっている感覚を大事にすべき、と思っていて、そういう土木を「シビレル(痺れる)エンジニアリング」と提唱しています(笑)。

ーそうしているうちに設計から、本郷にあるカフェ「麹中」を運営することに?

崎谷さん:5年前にお世話になった本郷(東京・文京区)に恩返しをしようと思って始めました。これまで全国各地に行き、いろいろな土地や人と関わってきましたが、設計やデザインという立場で、一定期間携わってモノができあがったら去るという関わり方を続ける中で、自分たちが日々活動している地域やまちに根差してフィードバックする活動も大事なのではないかと思いまして。

土木分野に足を踏み入れてから20年以上になりますが、インパクトのある体験もいっぱいありました。自分は直接被災したわけではありませんが、東日本大震災の直後には現地にいきました。環境が完全にリセットされた光景を前に、人がまた戻ってきたい場所とはなんだろうか、と考えました。また、新潟の佐渡、大分の竹田や長崎の出島など印象的なプロジェクトに関わる中で、その土地や場所へのエンゲージメント醸成へ向けた個人的な興味が、本郷でのカフェに繋がります。

目に見えるものと見えないものがあるとしたら、僕らは目に見えるものをつくっていますが、ベースには目に見えないものがあり、目に見えるものはそれを享受してできあがっていると思うのです。目に見えないものの働きによって世界が生み出されていくんですね。逆に目に見えるものづくりをしっかりやることで目に見えないことの働きが活性化する。これは発酵の世界にも言えることです。

カフェをやりたいといろんな人に相談する中で、本郷には麹室がたくさんあったことを知りました。江戸時代のことですが、江戸中の7割ぐらいのお味噌をつくる麹室が、本郷周辺に集まっていたらしいと。店名は、建設「工事」から発想して先に決まっていたんですけど、発酵に行き着いて「麹中」(こうじちゅう)になりました。小倉ヒラクさんの「発酵文化人類学」という本の中にも土着的なものの再現性について話が出てきますが、この地は、背景が発酵にあるのではないかと考えました。

という訳で土木のデザインと発酵をテーマにしたカフェをやっていたら、中尾さんが入社してきて、旅するコンポストhacorinが生まれた、という感じです(笑)。

麹中

本郷にある「麹中」は日本の食卓にあたり前にある発酵食を使ったカフェだ。丸の内に旧知の建築家がつくった「現バー」というバーが存在し、その姉妹店として「工事中」にしようと考えたのが店名の発端だとか。そこに偶然か必然か、まちの麹の話が乗っかったという。この日は旅する屋台も店頭に。

hacoriが描く循環の形


ーhacorinに話は戻りますが、カフェ「麹中」でのhacorinの運用を教えてください。


中尾さん:麹中では毎日ボウル1杯ぐらいの生ゴミが出るので、hacorinと屋上にあるコンポストで手分けして堆肥化しています。hacorinに生ごみを入れるのは、人通りが多い昼ごはんの時間帯にしています。そうすると、お客さんや通行人に「それは何ですか?」とよく話しかけられるんです。コンポストを初めて見た、という人が意外と多く、飲食店がコンポストを普及する絶好の場であると実感しています。

飲食店の生ごみは、根っこに近い部分とか、ヘタに近い部分が多いのですが、ほとんどが成長点と呼ばれる栄養豊富な部分です。ですので、良質な肥料をつくることができます。その堆肥を使って屋上のガーデンで野菜を育て、できたものをカフェに提供しています。hacorinを飲食店に置くと、この小さな循環がつくれるんです。

そして移動できるので、もっといろいろなことができると思っています。通りでイベントをやる時に転がしていくこともできるし、隣の飲食店に挨拶がてら生ごみをもらいに行くこともできます。ストリートをぐるぐる動きまわることで、人と菌が対話する、生命力に溢れた街を作ることができると考えています。

中尾さんの描く、hacorinでつくりたいストリートの光景

hacorin収納

移動する時やしばらくコンポストとして使用しない時には、パーツをすべてhacorinの中に収納できるようになっている

ーhacorinでどういう未来をつくって行きたいですか?

hacorinを起点に、3つの循環をつくりたいと考えています。

まず、飲食店単位で、残飯の堆肥化をして作物を育て、その作物を食べるという小さな食の循環です。さらに、その飲食店でつくった堆肥を集めて、近くの市民菜園で使うような地域単位での土の循環があります。

そして、一番外側にあるのが木の循環です。hacorinの素材は、埼玉県飯能市で生産される、西川材という良質な杉材です。飯能市の森は持続可能な管理が行われているという国際的な認証を受けた森です。この森からいただいた木を、株式会社サカモトという建具専門の木工所で丁寧に加工してhacorinはつくられます。さらに、使い終わったhacorinをチップ化して森に返して、持続可能な森づくりに貢献したいと考えています。食と土と木。かつての日本にあったこの三つの循環を、都市に復活させることが、hacorinプロジェクトのミッションです。

hacorinは「西川材」と呼ばれる、埼玉県飯能市の森で生産される材を使ってつくられている

コンポストは菌と人との対話を学ぶ場所

ーコンポストの面白さはどんなところだと思いますか?


中尾さん:コンポストは、コミュニティをつくることもできるし、コンポストを起点に食や土、木を循環させることもできる。コンポストは、とても関わりしろが多い存在なんです。コンポストのコン(com)という頭文字には「共に」という意味がありますが、いろいろな物事を繋いでいく可能性が、潜在的にコンポストには備わっているんじゃないかと勝手に思っています

大人にとって、生ごみや白カビは避けたくなる存在です。ですが、僕が小学生の時に生ごみのリサイクル活動に参加していた時には、小学生は楽しんで生ごみを触り、菌を観察していました。子供って偏見とか汚いものが嫌だという感情もあまりないので、子どもの目線から見たら、友だちのような感覚で菌と対話できるんです。でも大人になると、生ごみは臭いからすぐ蓋をしたり、機械で乾かして捨てたり、腐っていくものや菌と対話することがまったくなくなってしまう。それはもったいないと思っていて、かつて本郷にあった麹室のように、人が菌と対話できる場所が必要だと感じています。現在はコンポストがその役割を担えるのではないでしょうか。

実は、現代の都市でも菌と対話する場面はたくさんあります。そもそも私たちの体は腸内細菌を元気にしてあげないと、すぐに体調を崩してしまいますよね。自分の体の調子に合わせて、何を食べるか、どういう生活をするかを考えることが、腸内の菌との対話になっています。また、ベランダの小さな植木鉢をお世話したりする時に、土中の菌に水と空気と栄養をあげています。また僕のような公共空間に関わる仕事であれば、土中の菌に配慮しなければ、街路樹の一本も長生きさせることができません。

菌と対話する力は、あらゆる自然環境と接する上で、必要不可欠な能力じゃないかと思います。コンポストを普及させることは、ごみを減らす以上に、そのように人の意識を変えていく力があると思うんですよね。

菌と人が対話する場を普及し、hacorinのように対話の場を街に開いていくことで、じわじわと社会を発酵させられるのではないでしょうか。

hacorin発酵

ー1月から受注生産の受付を開始されましたが、どんな方に使ってもらいたいですか?


中尾さん:まずは店舗、特に路面店ですね。店先を賑やかにしたいとお考えの店舗においていただきたいです。また、商店街の組合に購入していただき、商店街全体でhacorinをシェアするという形も考えられます。コミュニティガーデンで使いたいというお声もいただいています。多くの人の目に留まるところであれば、hacorinが活躍してくれると思います。もちろんベランダ菜園にもおすすめです。我が家のベランダでもhacorin初号機が毎日頑張って発酵していますよ。

hacorin オフィシャルサイト

【プロフィール】

中尾直暉さん

1997年生まれ。長崎県佐世保市出身。早稲田大学大学院創造理工学学科吉村靖孝研究室を経たのち、2022年にEAUに入社。




崎谷浩一郎さん

1976年、佐賀県生まれ。東京大学大学院工学系研究科社会基盤工学専攻を経たのち、2003年にEAUを設立。現在、同社代表取締役。東京藝術大学 非常勤講師。





写真画像提供:EAU

関連URL:hacorin

EAU http://eau-a.co.jp/




聞き手:松原佳代(おかえり株式会社)














 
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